イタイ女でごめんなさい…モテない女の原因、特徴と対策9選

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今まで自覚はなかったけど、もしかして私、イタイ女なの?友達はいるけど、いつも大勢に囲まれているわけではないし、そもそもそんなに人に好かれるようなタイプじゃないってわかってる。

何気ない行動や言動で、いつのまにか「あの人はそういう人」と思われ、イタイ女認定を受けていませんか?

無意識でいつもやっていることが、実は相手を逆なでする行動になっていて、周りの人は冷静だから忠告すらしてくれない…気が付けば一人ぼっちに!!?

女友達はまだ「そういう人」と思って付き合ってくれてるけど、男にモテないのはまさか、イタイ女が原因かもしれない!

そこで、イタイ女であるがゆえ、なかなかモテ女になれない女性の特徴と対策をご紹介します。こういう女いるいる!と思うと同時に、自分の行動を見直すきっかけとなるかもしれません。

1、自分にしか興味がない女

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他人にはあまり興味のない人がいます。自分の話は積極的に大げさに話しますが、人の話になると急にテンションが低くなり、ケータイをいじりはじめたり、鏡を見たり。

たぶんまともに聞いていないし、覚えてもいないはず。こんな女友達との関係はうんざりしてしまいます。

人の話には興味がない

自分だけ見ていてもらいたい、注目されたい、と思っているのに、その他のことがおろそかになっている状態の人で、恐らくみんなは自分の興味があって話を聞くのは当たり前と思っているのかもしれません。

通常、もし自分に注目してもらう為に努力を惜しまないのであれば、人に好かれる為の努力をするはずですが、人の話をそもそも聞かない人は、「自分はみんなに好かれている」という前提の思い込みがあります。

わがままで自分勝手なのに、それが当たり前に叶うような恵まれた環境で育ってきた人かもしれません。

また、今まで周りに居た友人も特に指摘することもなく、しょうがないと思って付き合ってきていたのかもしれませんが、本人には不幸なことに自覚がありません。

人の話をしっかり聞いている態度

しかし、本人に問いただしても鏡を見ながら「ちゃんと聞いてるよ」と言います。聞いているのに、聞いているように見えないのが問題です。

ほとんどの場合、本当に自分にしか興味のない人は友達と一緒にいたいと思いません。どこか人と一緒にいたい、みんなと仲良くしたいという気持ちがあるから友達を求めるのです。

このような人の場合、自分の話をする時以上に、相手の話を真剣に聞く態度を磨く必要があります。小学校などでも、先生の話を頬杖つきながら聞いていると怒られるように、人の話を聞く姿勢というものがあります。

話を聞いてもらう側の立場になって考えた時、目を見て、相槌を打ってくれたのなら「この人は真剣に話を聞いてくれているな」と思うでしょう。

それは、最初は演技でもいいかもしれません。慣れないうちは、どうしたら真剣に聞いている態度に見えるかわかりませんから、

  • 相手の目をしっかり見る
  • 話の節目で相槌を打つ
  • 話の一部を復唱する
  • 話の中身に応じて表情を変える

この4つを徹底して行ってみるといいでしょう。3つ目の話の一部を復唱する、とは「昨日、ケータイ忘れちゃって」と相手が言ったら「あら、ケータイ忘れたのね」と確認するように内容の一部を繰り返すことです。

復唱することによって「話が正確に伝わっている」という安心感に繋がります。少しオーバーかもしれませんが、人は思っている以上に「話を聞いてもらいたい生き物」です。

自分の話は「聞いてもらう」という立場です。時間に限りがあるのに、わざわざ自分の話を聞く時間を作ってくれている。そう思うと感謝に繋がります。

面白い話をたくさんする、という人も魅力的ですが、是非「この人に話を聞いてもらうと元気になれる」という人になれるよう、話を聞いているように見える為の練習をしてみてはいかがでしょうか。

2、自意識過剰と被害妄想女

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何かにつけて被害者意識を持っている女性がいます。「きっと私のこと馬鹿にしてるんだ!」と根拠もないのに決めつけてしまうのです。

また、自意識過剰なので、誰も見ていないのに「このワンピースの柄、今年の新作じゃないからカッコ悪いと思われるよね」や「いつもコンタクトなのに、今日はメガネだから雰囲気変わったと思ってるでしょ」など。

小さなことでも、人の評価が気になり、それをマイナスに捉えてしまうのです。実際は、誰がどんな服を着ていようが、ちょっとやそっとじゃ馬鹿にされません。そこまで注目しないからです。

本当は誰も見ていない

人に見られている気がしている人は、「ほんとうは大勢の人に注目されたい」と思っています。それ自体は悪いことではありません。目立ちたいと思うこともあるでしょう。

しかし、実際に目立つ立場になると何もできる気がしないので、自分に自信が持てません。これと言って特技がなかったり、容姿にも自信がないなど、堂々と誇れる部分がないのです。

一つでも誇れるものがあれば、どこかが一部分マイナスでも気になりません。芸術家がおかしな格好をしていても、それが芸術となってしまうように、自信を持っている人の欠点は魅力でもあるのです。

ところが、そうなりたいと思っているけれど、自信が持てない人は自分の欠点ばかり数えます。例え誰も見ていなくても、「ここに欠点があると馬鹿にされる」という強迫観念のようなものを持ってしまうのです。

欠点を指摘されることを恐れて、自分で気がついては言い訳をする、という繰り返しです。気のせいなのに、嫌われてる、無視された、と感じるのも「自分は欠点だらけだから」という思い込みから来ているのです。

誰かと比較しない

何を基準にしているのか、自分は人より劣っていると感じることもあるでしょう。誰と比べて何が劣っているのか様々感じる部分でしょうが、自分の欠点を数えるのはやめましょう

人は環境や状況が同じ人はいません。誰もが違う状況で生活していて、比較対象はできないのが事実です。「あの人より○○」「私の方が○○」ということは、ありません。

もしかすると、その比較は「私は100メートル30秒で走ったけど、あの人は跳び箱を5段飛んだから、あの人の方がすごい」というものではありませんか?

基準やルールが異なれば、比較できません。比較できないものを引っ張り出してきて、勝手に決めつけて落ち込んでいる。この状態が、他人には自意識過剰で被害妄想しているように見えるのです。

完璧主義を脱ぎ捨てて

恐らく、そうなるまでに色々な経験から、自分の自尊心を守る為に、心がそのように変化してしまったのかもしれません。

不必要な比較を繰り返す大人がそばにいては、子供は「比較されて当然」と思って育ってしまうこともあります。また、劣等感を抱えていては自分に自信を持つことが難しいでしょう。

まずはガチガチにかたまった完璧主義を脱ぎ捨てましょう。誰も完璧な人はいません。たまに他人に完璧を求める人がいますが、完璧が欲しいなら機械にやらせればいいのです。

何か一つ、得意なものをのばしましょう。自信がつけば、自分にも友人にも言い訳しなくてすむようになります。資格を取ったり、好きなものを追求するのでもいいのです。

勝ち・負けにこだわる関係は友達ではありません。もし本当の友達ならば、言い訳しなくてもわかってくれます。プラス思考の発言で、自分も友人も元気になれるよう努力しましょう。

3、感謝しない女

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自分は誰にも感謝しないのに、自分には感謝してほしいと思っている人がいます。それは、目先の損得勘定にとらわれているからではないでしょうか。

絶対に損をしたくない、と頑なに思っていて、誰かより自分は得をしなければならないと思い込んでいるのではないでしょうか。

見返りを求めない

人にしてもらったものを、その場で返さなければならないと考えている人は、例えば今3のものをもらったから、すぐに3かそれ以上のものを返そう、という考え方です。

席を譲ってもらった、財布を拾ってもらった、ドアを開けてもらった、など、日常には様々な親切をしてくれる人がいますが、彼らは見返りを求めてはいないはずです。

ところが、見返りを求める人がいます。見返りを求める人は、見返りのないものはしません。席を譲っても、財布を拾っても、ドアを開けても、ありがとうと言われるくらいで金銭や品物で見返りはないでしょう。

「ありがとう」と言われたら気分がいいので、それでいいじゃない?と思うかもしれませんが、このようなケチな人には「ありがとう」など何の価値もないのです。

損をする=負ける

見返りを求める人は、自分がしてあげた恩ばかり記憶していて、人にしてもらったことなどさっぱり覚えていません。その為、感謝することがないのです。

よく「貸し・借り」と言いますが、実際の物質の貸し借りではなく行動などで貸し借りを行う人は、「あの時○○してあげたじゃない」とか「○○してあげたんだから□□してよ」などと言います。

それは自分は誰よりも得をしたい、勝ちたいという意識から来るのでしょうが、親切心まで数値化して、無駄と切り捨てることはいかがなものでしょうか。

損をする=負ける、という考え方なので、心がケチなのです。人にしてもらったことは忘れず、人にしてあげたことはすぐ忘れる、ということを意識できなければ、ずっと同じところをぐるぐる回ることになるでしょう。

4、ダメ男に尽くす女

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なぜかダメ男とばかり付き合って、いつも泣いているのに懲りない女性がいます。傍から見れば、明らかにダメ男…こんな男と付き合えば泣かされるのは目に見えてわかっているのに、不思議とそういうのをわざと選んでしまうのです。

しかも、誠心誠意尽くして身も心もボロボロになっていくのに、無理して幸せそうに振舞ったり、ちょっとしたこと(プレゼントをもらったとか)で、ものすごく喜んだりしている姿は、見ている友人も辛い思いをします。

不幸になりたい女

そのような女性は、そもそも幸せが何なのか知らない可能性があります。もちろん「ダメ男に尽くしてボロボロになるのが幸せなのよ!」と言い切られたら元も子もないです。

ただ、恐らくそのような女性の多くは、ダメ男と付き合っている自分を他人に見てもらうことで、誰かに助けて欲しいと思っているのではないでしょうか。

それは「あんな男やめなよ!」とか「もうあの男と会ったらダメ!」と友人に言ってもらいたい、のではなく、自分が間違っている、という目に見える形での報いが欲しいのです。

具体的に言うと、自分で自分を傷つける人がいますが、あれは自分以外の人に知ってもらいたい、という意味で傷つける人が多いそうです。

自分が傷ついて心から心配してくれる人に、受け止めてもらいたいのです。それと同時に、自分がボロボロになればなるほど、生きている実感が湧きます。生きている理由が欲しいからです。

もし、このような自ら不幸になろうとする女性がいたら、友人の力だけでは引き上げることが難しいでしょう。専門家の指導を仰ぎながら、酷い場合は治療する必要もあるかもしれません。

  • 誰かに求められたい
  • 誰かに依存していたい
  • 自分が傷つくことで安心する
  • 不幸でいる方が安心する
  • 暴力を受けると必要とされている気がする
少しでも当てはまるのなら、もしかしたら心が悲鳴をあげているのかもしれません。一人では解決できないので、最悪の事態になる前に専門家に相談することをおすすめします。

5、かわいそうな女

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自分がかわいそう!とアピールする女性がいます。運が悪かったとか、たまたまそうだっただけだとは思うのですが、「私ってかわいそうでしょ!」と周囲にアピールするのはどんな意味があるのでしょうか。

注目されたい

このような人の場合、自分の世界を持っています。全ての基準は自分の中にあり、かわいそうか、そうでないのかの基準も自分で作ったものです。

例えば「今朝は寝坊してご飯が食べられなかった!」とアピールするとします。基準は自分にあるので、朝ご飯食べられないなんて信じられない!私かわいそう!となるわけです。

しかし、基準を外の世界に求めると、朝ご飯を食べなかった、食べてくる時間のなかった人はたくさんいますし、もっと世界に目を向けると、朝ご飯はおろかご飯さえまともに食べられない地域の人々がいるのです。

これは、ちょっとしたきっかけでも、自分を見てもらいたい!と望んでいるということで、大したことではないのに泣いてみたり、大げさなパフォーマンスをするのもその為です。

かわいそうだから許される?

また、自分はこんなにかわいそうだから、優遇されて当然と思っている人もいます。彼氏に振られてかわいそうだから、みんなより仕事を少なくしてもらって当然、とか、早退させてもらって当然、と思っているのです。

時に自分の基準が世界基準と同一であると勘違いしてしまう為です。周囲の人にしてみれば「かわいそうだからって何しても許されると思うなよ!」って感じですが、本人はその点に盲目なので気付きません。

自分の世界の主人公は自分です。それはきっと誰でもそうなのです。ただ、人との繋がりの中で自分というものも成立していますから、自分の外の世界には違う基準がある、ということを自覚することも大切でしょう。

6、人を見下す女

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何かちょっとしたことでも、人を見下しているような女性がいます。持っているものの自慢だったり、自分の立場の自慢だったり、人より優れている、というアピールをします。

これは、もしかすると、内面の自信のなさを隠す為のカムフラージュなのではないでしょうか。また、見下すことによって、自分の自尊心を維持しているのではないでしょうか。

ブランド品はステイタス

お金持ちであること、いい仕事につけていること、また自分は自分でしっかり社会人をしていることなど。別にどう思われたって、しっかりやっていればそれでいいんじゃない?と思うのですが、そうはいかないようです。

人より優れていたい、その上、それが目に見える形でそこになければならないと思っているのです。その為、ブランド物を重視する人は多いです。

生活している場所や環境にもよるのでしょうが、バッグがブランドものだったり、着ている服がブランド物だったり、アクセサリーだったり、車だったり。

「私ちょっとブランドにはうるさいのよね」と言わんばかりにこだわる人がいますが、中でも誰かと比較して「あんたより私は上よ!」という意味でブランドにこだわっているのです。

負けたくない…人に順位をつける人

そもそも、人に順位はつけられません。天は人の上に人を作らず、と聞いたことがありますが、人には順位も点数もつけることはできないはずです。

悪いところもあれば良いところもある、一長一短です。ところが、何にも勝ち負けにこだわる人がいます。負けたくないので、勝っていることをアピールするのです。

例えばバイトをして貯めたお金で買ったバッグを「これやっと買ったんだ」
と見せた友人に対して
「あ、私もそれ持ってる。ずっと前に買ったけど、ダサいよね」

または「白か黒か迷ってるんだけど、白いワンピにしようかな」
という友人にも
「白買うとかありえない!白選ぶ人の気持ちわからない!」など。

相手がどう思うのか全く考えず、自分の立場を上にしたいが為に、決めつけるような発言で相手の自信がなくなるように仕向けます。

人に上とか下とか順位をつける行為は賢いとは思えません。少なくとも、それを表面に出してアピールすることは周囲の人の気持ちを考えていないからできることです。嫌われるのが嫌ならば、早急に考え方を改めた方がいいでしょう。

7、無愛想な女

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愛想のいい人は、女性にも男性にも好かれます、逆に無愛想な人には人が寄ってきません。時に、人に好かれる為には、自分の意図と反していても愛想よくする必要があります。

愛想は自分の為のものじゃない

どういう理由か、無愛想な女性がいます。誰と一緒にいても、何をしても楽しそうではなく、笑ってる顔などめったに見せないのです。

本当に楽しくないのかもしれませんし、自分で自分を戒めているのかもしれません。ただ、そばにいる人は気を使ってしまうかもしれません。

無理矢理に愛想よくしなければいけない、ということはないのですが、楽しくなくても柔らかい雰囲気でその場にいるだけでいいのではないでしょうか。

人間は置物ではありません。その場にいれば、多少なり、存在するだけで何かに影響します。友人との飲み会や、会社での接待、親戚で集まった時なども、無愛想な人がいれば良い雰囲気は作れません。

例え作り笑いだとしても、周りの人のことを考えて、かたまった表情筋を動かしてみる。笑ったつもりでは伝わりません。ちゃんと「笑顔だよ」と伝わるように作るのです。

自分の顔の表情は、自分の感情を表現する為だけのものではありません。自分をよく見えるように表現する場所でもあります。その時、本心はちょっと片隅で待っていてもらって、その場の空気に馴染むように演出するのです。

笑顔になれば元気になる

無愛想でいつもどんよりした空気をまとっていては、人から見られた時の印象もよくないですし、自分自身もどんどん暗い気持ちになるかもしれません。

笑顔は意識しないと作れないものです。心から楽しければ自然と出るかもしれませんが、そうでない時は自分から笑顔を作るのです。

もし、どうしても暗い気持ちになる、無愛想だとよく指摘される、ということがあるのなら、自発的に努力して笑顔を作ってみましょう。笑顔になれば脳が勘違いして明るい気持ちになることもあるそうです。

8、八方美人な女

二次元キャラクターに本気で恋をしてしまった女性の救助法5つのイメージ画像
誰にでもいいことを言う八方美人な人がいます。あちらを立てればこちらが立たず、二つの意見に挟まれて苦しむこともあるでしょう。

衝突を嫌うが故に、その場限りで適当に流すことができればいいのですが、時には自分の意見をはっきり述べなければならない場面もあります。

本当は誰の味方なの?

派閥が存在すると、中立の立場の人は勧誘されます。Aの人なんかダメよ!Bの人はやめといたほうがいいよ!など、あっちからもこっちからも誘われます。

しかし、だからと言って、どちらにも「そうだね」と頷いているのはいかがなものでしょうか。酷い時は、AグループにはBグループの悪口を、BグループにはAグループの悪口を、それぞれ言っては自分の立場を確保する人がいます。

かと言って、どちらかに所属することがいい、ということではなく、中立ならば中立なりの意見を持つことが大事ではないでしょうか。

結局、どちらにもいい顔をするということは、誰にも嫌われたくない=自分が可愛いのです。自分だけうまいこと、どちらにも引き立ててもらって、対立することなく、怪我をしないでゴールしたいのです。

嫌われない術

嫌われることを極端に嫌い、「私はいつも大勢の友達に慕われている」という状況を作ろうとして、友人を褒めたり、貶したり、本人に出会ったら「○○さんがこんなこと言ってたよ」などと情報操作する人もいるでしょう。

孤独でいることが恥ずかしく、友達の人数=自分の価値と考えているかもしれません。世渡り上手と言えば聞こえはいいのですが、八方美人であることがバレた瞬間からイタイ女へ評判が下がります

本人は自分が好かれるための術、嫌われない為の術としているものが、自分の首を絞める原因となることもあるのです。

友人同士で「私にはいいこと言っておいて、陰では馬鹿にしてた」「言わないって約束したのに噂してた」など、情報操作は限界を迎えます。

言葉巧みに自分の思い通りに人を動かそうとしても、うまくはいきません。また、自分のことを好きでいてほしい、みんなに好かれたい、というのも無理な話かもしれません。全ての人に嫌われない人などいないからです。

人の気持ちをつなぎとめておく為に、他の誰かを犠牲にしたり、あえて自分の意見を保留するのは、見る人から見ると卑怯に見えます。

ただそこにいて好かれている状態、嫌われることもある状態、というのが自然の成り行きですから、それに逆らわず自分の考えを持つことが、八方美人を抜け出す一歩かもしれません。

9、自分を卑下する女

気持ちが冷めてしまった彼氏との円満な別れのイメージ画像
必要以上に自分を卑下する女性がいます。「私なんか」「私なんて」と卑下することで、自分のランクを下げて安心している人です。

本人は「私はあなたより下の人間ですから、同じフィールドで戦ってはいません」という、戦う前から白い旗を掲げた状態なのですが、周りからしてみれば「戦う前に逃げんじゃねえ!」と思うようです。

卑怯者は嫌われる

逃げ腰戦略、とでも言いましょうか。戦っていないのに、棚ぼたで良いものをゲットして逃げていく人がいます。これは正々堂々戦わずして、いいとこだけ持っていく卑怯者です。

正々堂々戦う人は卑怯者が嫌いです。努力する前から「私は無理だよー」と言っていたり、当日になって怖くなって逃げるような人を激しく非難します。

別に戦法は様々ですから、どんな戦い方でも勝てればいいのですが、この正々堂々戦っている人にしてみれば、ルールを守る、一生懸命に努力する、ことが暗黙の了解なのです。そして、この考え方の人が多いのも事実です。

他人に肯定してもらう作業

自分を卑下する人は、恐らく自分に自信が持てないのでしょう。2の自意識過剰と被害妄想女と似ていますが、この卑下する人も、自意識過剰でナルシストです。

自分で作った「こうあるべき」理想が高すぎて、届くはずもなく、自信が持てない状態なのですが、かと言って自分が嫌いなわけではなく「私なんて」と卑下することで、周りから「そんなことないよ!」と評価してもらいたいのです。

自分で自分に高い評価を与えられない分、他人には認めてほしい、高い評価をしてほしい、と考えています。自分でどうすることもできずに、他人に救いを求めるのです。

例えるなら、小さな子供が母親に甘えたくて「ママは私のこと、嫌いなんでしょ!」と否定文を掲げると、親からは「そんなことないよ!大好きよ!」と肯定してもらえる、というものです。

自分で肯定できないから、他人に甘えている、と言えるのかもしれません。しかし、自分で自分を肯定できなければ、いくら他人から百や千の肯定をもらっても満足はできません。

一時的には満足するかもしれませんが、次の肯定、また次の肯定と、他人の肯定を欲するがあまり、卑下する女、というレッテルを貼られてしまいます。

できないと思ったら、努力してできるようになり、誰がなんと言おうと「私ならできる!」という自信がつけば、自分で自分に対する評価も上がるでしょう。

自分で自分を褒めることは恥ずかしいことではありません。自分自身の評価が上がれば、きっと友達にも必要とされる存在となれるでしょう。

できないことができるようになる、その小さな一歩も、確実に前に進んでいる証拠です。「こんなのまだまだだ…」ではなく「もうこんなにできてる!」と、できないものの数ではなく、できることの数を数えましょう。

イタイ女からイタくない女へ

人は急にイタイ女になるわけではありません。過去に起こった出来事、経験から、徐々に自分を守る形に人は変化しますが、その行き着いた先がたまたま「イタイ女だった」ということです。

イタイ女になろうとしたわけでも、なりたかったわけでもありません。それが原因で友達ができなかったり、モテなかったりして苦しい思いをすることもあるでしょう。

誰にも非難されない人になることはできません。どんなに素晴らしい人柄でも、やっかむ人がいます。いくら顔が綺麗でも、妬む人がいます。完璧な人はいません。

また、「あいつはイタイ女だ」と非難することで自分の立場を守るような人もいます。だから、他人が自分のことをイタイ女だと評価していても、もしかするとそうじゃないのかもしれません。

しかし、ご紹介した9つのタイプのような人は、自分が思っている自分と、人から思われている自分のイメージがかけ離れている可能性があります。

「こんな風に見られたい!」とは思っていても、そう見られなかったり、実際中身がそこまで到達できていなかったり、自分のイメージを具現化するのは難しいのです。

そこで、「こんな風に見られたい!」は捨てて、自然体でいましょう。人の評価が本当の評価ではないのです。俯かず、背伸びせず、等身大の自分でいられたら、どんなに気が楽でしょうか。

きっと、他人の評価が気にならなくなったとき、大切な友人は近くにいてくれるし、信用できる恋人が見つかるのかもしれません。